安部公房『砂の女』
[あらすじ]
砂丘へ昆虫採集に出かけた男が、砂穴の底に埋もれていく一軒家に閉じ込められる。考えつく限りの方法で脱出を試みる男。家を守るために、男を穴の中にひきとめておこうとする女。そして、穴の上から男の逃亡を妨害し、二人の生活を眺める村の人々。ドキュメンタルな手法、サスペンスあふれる展開のうちに、人間存在の極限の姿を追求した長編。20数ヶ国語に翻訳されている。読売文学賞受賞作。
芥川賞受賞作『壁』を読んで以来、安部公房の物語空間と、その奥にうっすら浮かび上がる<<実存>>の描写の虜になっていた。私はこの春、冬は雪かきに追われる北の島に移住したのだが、それをきっかけに本書を手に取った。
家に日々積もり積もる砂、少しでも手を抜けば家を押しつぶしてしまうような大量の砂を日々スコップで掻き出し自分たちの生活を守る女。自分が捕らわれたその業のような『生活』からあくまで脱出しようとする男。男は最後まで抵抗しようとする。しかし男は、本当に脱出したいと思っていたのだろうか?
作中に表現された、湿った砂の味、女の肌触り、スコップを手に取ったときの感覚など、文章はどこまでも触覚的である。
日々退屈な毎日から逃れようとしつつも、本当は逃れたくないゆえに生活に安住してしまうといった矛盾や葛藤。
ともすれば目を瞑りがちな、自分自身の『生活』について見直すきっかけになる一冊。