犬の耳

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

犬の耳

読んだ本、聴いた音楽、観た映画などを忘れないための「いぬのみみ」です

サマセット・モーム『月と六ペンス』

読書

あらすじ
あるパーティで出会った、冴えない男ストリックランド。ロンドンで、仕事、家庭と何不自由ない暮らしを送っていた彼がある日、忽然と行方をくらませたという。パリで再会した彼の口から真相を聞いたとき、私は耳を疑った。四十をすぎた男が、すべてを捨てて挑んだこととは――。ある天才画家の情熱の生涯を描き、正気と狂気が混在する人間の本質に迫る、歴史的大ベストセラーの新訳。 

 

社会人として単調な生活をしている人の多くは、内心「退屈ではないもの」に憧れているのかもしれない。そこで人々は波乱万丈な人生を歩む人々のインタビュー記事を熱心に読み、並外れた努力をしたスポーツ選手を讃え、その成功物語を時折会社の朝礼のネタにする。しかし私を含めた多くの人々は、そんな破天荒な生活に憧れながらも、自らの生活の枠をはみ出す勇気を最後まで持てずに、時としてがんじがらめの社会の枠から外れた「普通の」人々を哀れみの表情を作りながらこき下ろす。

 

この物語は、「芸術」に取り憑かれ、人生をそれに捧げたある画家の話である。主人公のストリックランドは、画家のゴーギャンがモデルである。

 

主人公は誰もが理想とするような「幸せな」家庭を築き、それなりの地位を得て生活している「普通の」人間だった。しかし40を過ぎていた彼は、突如家族を捨ててパリに出る。そしてタヒチで死ぬ直前まで絵を描き続ける。死ぬ直前に完成させた絵は、彼の遺言に従って火にかけられる。死後彼は天才として認められるのだが、そんなことは彼にとってどうだってよいのだろう。

  

「芸術」とは、近代が生み出した影の部分であると思う。現代の世界は合理性の光で照らされているがゆえに、日常生活で逃げ場のなくなった人々は「芸術」の暗がりを渇望する。だが不幸にも、簡単に芸術に触れることはできない。日曜日の午後に美術館で見た絵画は、たとえそれがオリジナルであったとしても、彼にとっては日常生活に溢れるパスティーシュでしかないのかもしれない。彼はそれを「消費」することしかできない。なぜなら彼は「消費者」のマインドで世界を眺めているからだ。

  

本当に芸術に触れたいのであれば、まずすべてを捨てなければならない。芸術に触れるというのは、ありのままの世界と直接対峙することである。などと偉そうなことを書いては見たものの、私自身、そんなことはこれっぽっちもできていない。それゆえに「人生」に渇望した私は、本作をむさぼり読んだのだ。

 

この物語を読んでいて、「本当の自分」に気がつくとは、本当に恐ろしいことなのだ、と戦慄した。主人公のみならず、この物語にはそういう人間が何人も出てくる。

 

いい文学作品かどうかは、読後どれだけ考えさせられるかでわかると思う。いい作品を読んだあと、ぼんやりと考える時間が一番楽しい。自分の人生に向き合いたい人にはおすすめの一作。

 

月と六ペンス (新潮文庫)

月と六ペンス (新潮文庫)