犬の耳

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読んだ本、聴いた音楽、観た映画などを忘れないための「いぬのみみ」です

大江健三郎『M/Tと森のフシギの物語』(もうひとつの耳)


昔話を聞く、という経験をほとんどしたことがない。祖父母と暮らすことがなく、一年に一度か二度会うような生活だったからかもしれない。「むかしむかし、あるところに…」と始まる話は絵本の物語であって、さらに言えばわたしはそれを聞くのではなく読んでいた。昔話はおとぎ話であって、ちょっとした遠い国の出来事だった。

『M/Tと森のフシギの物語』は長い長い昔話である。本を読むわたしは、「僕」の声を通じてその祖母や母が語る昔話を聞いている。舞台となる山奥の村には、時代や季節が移り変わっても緑がいつも濃く匂っていて、なんとなく夏休みみたいだ。小さな村の大きな歴史は、ぐるぐると螺旋を描くように相似形を成して巡っていく。そのかたちは僕が言うところの「M/T」なのかもしれない。そしてかたちはいつの間にか、語りかける「僕」の日々に添うようにして、話を聞くわたしのすぐ近くに姿を見せたのだった。

螺旋が今へと続いていること、まだ続いていくことに気付いたとき、わたしは出来ればその螺旋の一部になりたいと思っていた。その意味はまだあまりよく分からないにせよ。

 

物語が一応の終わりを迎え、文庫本の末に挿入された解説を読んで、この物語が多分に作家の実経験に基づくものだと知った。それがまた衝撃で、じわっとくる。なんで物語を読むのだろうという問いに、答ではないけれど、何かが与えられた気がした。

そうして満ち足りた気分で、もう一度、最初のページを繰ってみる、

あるひとりの人間がこの世に生まれ出ることは、単にかれひとりの生と死ということにとどまらないはずです。かれがふくみこまれている人びとの輪の、大きな翳のなかに生まれてきて、そして死んだあともなんらかの、続いてゆくものがあるはずだからです。

 この二文が、びっくりするほど明るく、きれいに、響いてきた。

 

 

 

M/Tと森のフシギの物語 (岩波文庫)

M/Tと森のフシギの物語 (岩波文庫)