犬の耳

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読んだ本、聴いた音楽、観た映画などを忘れないための「いぬのみみ」です

サマセット・モーム『お菓子とビール』


お菓子とビールというタイトルに惹かれた。原題はCakes and Ale. くちあたりの良い組み合わせ。モームの描く、イギリスのとある文豪と女の話。

表紙の写真につられて、文章はセピア色の映像で再生される。若きドリッフィールドたちが乗る自転車はきっとやけにタイヤが大きい黒色で、ペチコートでスカートをふくらませた女たちも、少し埃っぽいにおいがするのだろう。

ロウジーは、そんなセピア色の世界のなかで発光している。唇には紅がさし、肌は世界にそぐわない白だ。そして夜になり、月の下で彼女は銀色の金色になる。そのときセピアのトーンはモノクロに変わり、彩度のない世界でぽおっとロウジーが光る。静かで劇的で、わたしはアシェンデンになってそのロウジーを描きとめてみたいと思ったりする。

そうやって月と太陽が一緒になったみたいなロウジーは、でも物語の終わりにはたしかセピア色の世界の住人になっていた。そしてセピア色の世界は別に遠い世界でもなくなる。端的にいえば儚くて、きっと現実もこうなんだろうと知りもしないのに現実的だった。

 

そのお菓子はどんな「ケーク」だったのだろう。結局のところ肝心の場面は大して思い出せず、ただタイトルだけを、たまに反転させながら、口のなかで飴玉のように転がす。タイトルが好きなのだ。

 

 

お菓子とビール (岩波文庫)

お菓子とビール (岩波文庫)