犬の耳

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読んだ本、聴いた音楽、観た映画などを忘れないための「いぬのみみ」です

押井守『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』

あらすじ

超高度ネットワーク社会の中で、より高度・凶悪化していく犯罪に対抗するために政府は、
隊長・草薙素子少佐を始めとする精鋭サイボーグによる非公認の超法規特殊部隊を結成。
公安9課「攻殻機動隊」の誕生である。
ある日某国情報筋から攻殻機動隊に警告が発せられる。EC圏を中心に出没し、
株価操作・情報操作・政治工作・テロなどで国際手配中の“通称:人形使い"が日本に現れるという。
素子は犯罪の中に見え隠れする“人形使い"の影を追う。

 

先日、ずっと気になっていた攻殻機動隊を見た。スカーレット・ヨハンセンのハリウッド版ではなく、押井守監督のアニメ映画の方だ。

あらすじにあるように、『ブレードランナー』、『ニューロマンサー』、そして『マトリックス』につながるSF作品だ。

 

人体のほとんどを義体化(サイボーグ化)、脳ですら「電脳」とよばれる機械に置き換えることができる社会。機械化された人体の中で、唯一残る「意識」の部分、作中でいう「ゴースト」が、本作の重要なテーマとなっている。要するに、ゴーストとは、「人間の割り切れない部分」と言っても差し支えないと思う。

 

主人公の素子は、ずっと何かを探し求めている。そして、自らの「ゴーストの囁き」に従い、自らの運命を切り開いていく。ゴーストの囁き。それは彼女の心の深層からの囁きなのかもしれない(実際、素子が暗い海にダイブする様子が象徴的に描かれている)。作中では、ゴーストとは「霊的なもの」と説明されている。

 

GHOST IN THE SHELL。殻の中のゴースト。GWに時間があるならぜひ見て欲しい。

 

 

アンドレイ・タルコフスキー『サクリファイス』

あらすじ

生命の樹を植える誕生日に核戦争は起こった!
言葉を話せない息子、絶望に混乱する愛すべき人々のために、父は神と対峙する…。

1986年カンヌ国際映画祭で審査員特別グランプリを初めとする
史上初の4賞を受賞した、映画史に燦然と輝く、タルコフスキーの崇高なる代表作。

 

日曜の夜に、本作を観た。タルコフスキーの遺作である。本作も、他の作品と同じく水の描写や草原がよく出てくる。主題はタイトルにもなっている「犠牲」である。

 

冒頭からバッハ『マタイの受難曲』が流れ、幾度となくロシア正教のイコンが出てくる。無神論者だった主人公が受難と対峙するために神に向きあう。作品は極めてロシア的であり、キリスト教的である。

 

最初からほとんど最後まで暗いのだが、最後、今まで声の出なかった少年が、草原で木に水をやりながら声を出して話すシーンが希望がとても美しかった。その木は冒頭、声の出ない少年に主人公の父親が「毎日水をやれば何かが変わる」と諭していたものだった。

 

この作品を観た直前、勅使河原が撮った『砂の女』を観ていたのだが、日本人とロシア人それぞれの深層の精神構造の違いが比較できて非常に面白かった。

 

鑑賞後、私自身、長い暗闇から救済された感覚になった。

犠牲の先には未来がある。そう思えるようになる作品。

 

フリッツ・ラング『メトロポリス』

あらすじ

近未来、超高層ビルが立ち並ぶ都市メトロポリス。科学は発展していたが、労働者たちは地下の工場で使役され、支配者のみが地上で豊かな生活を送っていた。あるとき、支配者の息子フレーダーは労働者の娘マリアに恋をする。二人は階級社会に矛盾を抱き、労働者たちの間でストライキを起こそうとするが……!? ナチスが台頭する前のドイツで、近未来を大胆に描き出したF・ラングの傑作。「SF映画の原点にして頂点」と称される作品。

 

1927年のディストピアSF映画である。舞台は近未来の都市メトロポリス。大都市は繁栄していたが、それらを支えるのは地下に住む労働者たちである。

 

冒頭部分、工場に向かうエレベータに乗っているやつれた労働者たちを見て、私はすぐに渋谷駅で平日の朝見かけるゾンビのようなサラリーマンの集団を思い出した。それらはあまりにも似ていた。

 

労働者たちは、心の救いを求めて若い女性マリアが演説する集会所に通う。集会所では、「バベルの塔」の話などキリスト教的な説法がなされる。

 

メトロポリスの支配者の息子である主人公は、そんな都市の裏側など何も知らないまま無邪気に過ごしているのだが、ある日偶然地下の惨状を目にする。同じ頃、彼はマリアに恋をする。

 

マリアは労働者を前にして、「脳」と「手」のたとえ話をする。ピラミッド建設を命じた「脳」の理想には思いやりがなく、実際にピラミッドを作った「手」たちは「脳」の理想が理解できない。そんな「脳」と「手」をつなぐのは「心」であり、いつか「心」=調停者は現れると。言うまでもなく、「脳」はメトロポリスの支配者たちであり、「手」は労働者たちのことである。

 

同じ頃、メトロポリスの支配者層たちは人間の代わりに労働をするロボットを発明し、労働者が不要になることに気がつく。

 

やがて労働者たちは支配者層に扇動されて暴動を起こし、メトロポリスは壊滅寸前になるのだが、最後には主人公が「心」となり、「脳」と「手」をつなぐ。そして物語は終わりを迎える。

 

およそ100年前の無声映画だが、「AIが人間の仕事を奪う」など今日的なテーマを多分に含んでいる。また、「脳」と「手」の話は、身近にも営業数字を上げる「上司」と過労死する「部下」、会社の上層部と現場など、いくらでも例を見いだすことができる。

 

見て損はない作品。

 

メトロポリス / Metropolis CCP-315 [DVD]

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サマセット・モーム『月と六ペンス』

あらすじ
あるパーティで出会った、冴えない男ストリックランド。ロンドンで、仕事、家庭と何不自由ない暮らしを送っていた彼がある日、忽然と行方をくらませたという。パリで再会した彼の口から真相を聞いたとき、私は耳を疑った。四十をすぎた男が、すべてを捨てて挑んだこととは――。ある天才画家の情熱の生涯を描き、正気と狂気が混在する人間の本質に迫る、歴史的大ベストセラーの新訳。 

 

社会人として単調な生活をしている人の多くは、内心「退屈ではないもの」に憧れているのかもしれない。そこで人々は波乱万丈な人生を歩む人々のインタビュー記事を熱心に読み、並外れた努力をしたスポーツ選手を讃え、その成功物語を時折会社の朝礼のネタにする。しかし私を含めた多くの人々は、そんな破天荒な生活に憧れながらも、自らの生活の枠をはみ出す勇気を最後まで持てずに、時としてがんじがらめの社会の枠から外れた「普通の」人々を哀れみの表情を作りながらこき下ろす。

 

この物語は、「芸術」に取り憑かれ、人生をそれに捧げたある画家の話である。主人公のストリックランドは、画家のゴーギャンがモデルである。

 

主人公は誰もが理想とするような「幸せな」家庭を築き、それなりの地位を得て生活している「普通の」人間だった。しかし40を過ぎていた彼は、突如家族を捨ててパリに出る。そしてタヒチで死ぬ直前まで絵を描き続ける。死ぬ直前に完成させた絵は、彼の遺言に従って火にかけられる。死後彼は天才として認められるのだが、そんなことは彼にとってどうだってよいのだろう。

  

「芸術」とは、近代が生み出した影の部分であると思う。現代の世界は合理性の光で照らされているがゆえに、日常生活で逃げ場のなくなった人々は「芸術」の暗がりを渇望する。だが不幸にも、簡単に芸術に触れることはできない。日曜日の午後に美術館で見た絵画は、たとえそれがオリジナルであったとしても、彼にとっては日常生活に溢れるパスティーシュでしかないのかもしれない。彼はそれを「消費」することしかできない。なぜなら彼は「消費者」のマインドで世界を眺めているからだ。

  

本当に芸術に触れたいのであれば、まずすべてを捨てなければならない。芸術に触れるというのは、ありのままの世界と直接対峙することである。などと偉そうなことを書いては見たものの、私自身、そんなことはこれっぽっちもできていない。それゆえに「人生」に渇望した私は、本作をむさぼり読んだのだ。

 

この物語を読んでいて、「本当の自分」に気がつくとは、本当に恐ろしいことなのだ、と戦慄した。主人公のみならず、この物語にはそういう人間が何人も出てくる。

 

いい文学作品かどうかは、読後どれだけ考えさせられるかでわかると思う。いい作品を読んだあと、ぼんやりと考える時間が一番楽しい。自分の人生に向き合いたい人にはおすすめの一作。

 

月と六ペンス (新潮文庫)

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オーソン・ウェルズ『市民ケーン』

[あらすじ] 

暗く荒廃した壮大な屋敷で、“バラのつぼみ”という最後の言葉を残し、新聞王ケーンは死んだ。その後、ケーンの生涯をまとめたニュース映画が制作されるが、この内容に経営者ロールストンは不満を持つ。彼の命を受け、ニュース記者トムスンは、“バラのつぼみ”という最後の言葉の中に、ケーンの真実の人間性を解く鍵があると信じて、その意味を探ることに。そして、彼の生涯に関係があった人々を歴訪するのだが・・・。

 

トランプが大統領戦を制した。私にはそれが衝撃的だった。彼の顔を見ると、この映画のことを連想せずにはいられない。

 

本作の筋書きはこうだ。親から遺産を相続した一市民のケーンは、成人すると新聞社を立ち上げ、攻撃的な嘘を書き立て発行部数を伸ばす。

莫大な財産を稼ぎ「新聞王」となったケーンは、巨大な宮殿を建て、栄華を極めるが、反面彼自身の孤独は深まってゆく。あるとき「労働者の味方」を称して選挙に立候補し、圧勝が予想されたが、スキャンダルによって落選する。

 

映画の構造はいかにもアメリカ的であり、アメリカの精神をよく反映している。それが高い評価の理由であろう。

 

ケーンは落選して失脚するが、トランプは大統領になってしまった。アメリカ人の同僚に「ケーンとトランプは似ている」と指摘したら、彼は「トランプのほうがずっとクレイジーだ」と笑った。

 

アメリカという文化を考える上で、おすすめの作品。

 

アンドレイ・タルコフスキー『惑星ソラリス』

[あらすじ] 

人間は過去の出来事や故人の想い出を意識の奥底にしまいこんできた。太陽系とは別の銀河系に属する惑星ソラリスの理性をもつ海は、想像を絶する独自の理性をもつ超知性体であり、その海は人間の潜在意識を実在する形に変換する不思議な能力をもち、人間の理性とのコミュニケーションを拒み続けてきた。その謎を解くためにソラリスの海に浮かぶ宇宙ステーションに到着した心理学者は、目の前に10年も前に自殺した妻が突然に現れて驚く…。

 

この間、初めてタルコフスキーの『ストーカー』を観てすっかり魅了されてしまったのだが、その次に観たこの『惑星ソラリス』もまた素晴らしかった。作中眠くなるとの前評判だったが、私には全くそんなことはなかった。むしろ比較されることの多いキューブリックの『2001年宇宙の旅』よりこちらのほうがはるかに良いと思った。

 

タルコフスキーの何が気に入ったのか。まず、その映像美である。音楽もないまま静かにカメラを回し続ける描写がとても素晴らしい。彼の作品の「音」がまた心地よい。すぐに爆発して壮大な音楽が流れるハリウッド映画とはまた違う良さがある。ドストエフスキーといい、ショスタコビッチといい、彼といい、まったく「ロシア的」である。彼らは多くを語らないことで、雄弁に物語る。

 

私はタルコフスキーが放つ雰囲気、その奥にある哲学の虜になってしまった。結局のところ、彼にとってソラリスはただの舞台装置に過ぎないのだろう。

 

惑星ソラリス Blu-ray 新装版

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アンドレイ・タルコフスキー『ストーカー』

[あらすじ]

 隕石の落下か、宇宙人の残した痕跡か――。
地上に忽然と出現した不可解な空間「ゾーン」。
ゾーンの奥には人間のいちばん切実な望みをかなえる「部屋」があるといわれ、そこへの案内人は「ストーカー」(密猟者)と呼ばれた。
武装した警備隊の厳重な警備をかいくぐり、命がけでゾーン内へ侵入するストーカー、教授、作家の3人。
「肉挽き機」と呼ばれるパイプなどいくつもの障害を乗り越え、彼らはなんとか「部屋」の入り口まではたどり着くのだが…。

 

映画好きであるアメリカ人の同僚から勧められて本作を観た。原作は『路傍のピクニック』というSF小説らしい。タルコフスキーの作品は初めて観た。時折映し出される水などの映像の美しさ、音にはすぐに引き込まれた。

 

「作家」「物理学者」そして「ストーカー(日本語で普段使われる意味とは異なり、ここでは「追跡者」くらいの意味合いである)」。3人の男が時に哲学的な議論をしながら「ゾーン」へと向かう様は、安部公房の小説『S・カルマ氏の犯罪』を彷彿とさせた。一応主人公は「ストーカー」であるが、作者の視点は客観的で、登場人物のうち誰が正しいといったことはない。SF映画だが派手なアクションなどは一切なく、極めて観念的な描写である。

 

望みが叶う部屋。そこにたどり着いた主人公たちはどう決断するのか。彼らが「部屋」を巡って交わした会話には、人間の本性と存在に関する奥深い洞察が含まれていた。

 

秋の夜長にオススメの一作。

 

ストーカー 【DVD】

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